「2人の休日」



「ルヴァ様、これ、新しく育てた品種なんですけど、やっと咲きましたから」

「ありがとうございます、マルセル。あ〜綺麗な花ですねぇ」

ルヴァは、花の鉢を抱えてやってきた(実際に抱えていたのはゼフェルだったが)マルセルと楽しそうに話し込んでいる。
その様子を横目で見ながら、オスカーは黙ってコーヒーを飲んでいた。
いつの間にか、サイドボードの上に鉢を置いたゼフェルも話に加わって、何やら陽気に話が弾んでいた。
息を切らしたランディが慌ててやってきて、マルセルとゼフェルに責められ、苦笑を浮かべたルヴァが2人をなだめている光景も、どこか遠くの出来事のように眺めていた。


  せっかく朝イチでやってきたってのにな…


ため息をついてコーヒーを飲もうとし、カップが空になっていることに気が付いて、軽く舌打ちしながらカップをテーブルの上に戻した。これ以上お代わりをする気にはなれない。



いつの間にかオスカーは眠ってしまっていたらしい。
気が付くと少年たちは居なくなっていて、ルヴァが正面から覗き込んでいた。

「オスカー、お目覚めですか」

「あぁ。俺、眠っちまってたんだな」

「今週もあなたは忙しかったですからね、お疲れなんでしょう」

「いや、そんなこともないが…」

「コーヒーもいいですけど、たまには緑茶もいかがですか。疲れが取れますよ」

「あぁ、もらおう。淹れてくれ」

ルヴァは「はい」と微笑んで、お茶を淹れる。
その横顔を、オスカーは微笑みながら眺めていた。

「さぁ、どうぞ。…あの…オスカー、どうかしましたか」

「ん? あぁ、いや別に何でもない。いい香りだな」

「ありがとうございます。このお茶、昨日手に入ったんですけれどね、ちょっとない逸品なんですよ」

嬉しそうに笑うルヴァを、可愛いとオスカーは思った。

「そうそう、ジュリアスとクラヴィスにもお裾分けしないといけませんねぇ」

「何だって?」

「ジュリアスとクラヴィスも、最近は時々緑茶を飲むようになったんですよ。これは、というものがあったら分けて欲しいと言われてましたからね」

ルヴァは茶筒の蓋を取り、中を見て満足げに微笑んだ。

「ふぅん…ジュリアス様とクラヴィス様が緑茶か。ルヴァの影響だな」

「そう…でしょうか」

照れたように頬を染めるルヴァも可愛い、とオスカーは思った。
微笑みながら、湯飲みのお茶をぐっと飲む。

「どうです?」

「ん?」

「お茶、美味しいですか」

「あ、あぁ。俺は茶の味はよくわからんが、美味いと思う。飲みやすいし…」

「そうですか。良かった」

晴れやかな笑顔のルヴァに、オスカーも思わず笑顔になる。

  ルヴァ、今日はずっと2人でいような。
  そうだ。どこか、眺めのいいところにでも行こうか…

オスカーの頭の中では、ルヴァと2人きりで過ごす楽しい休日のプランが広がっていった。
ところが「ルヴァ、これから…」と言いかけたオスカーの言葉は、ルヴァの「今日はこれからオリヴィエとリュミエールがやってきますからね〜、このお茶を楽しんでもらえると嬉しいですね〜」という言葉に飲み込まれてしまった。
ルヴァはこの後のお茶会のことを考えているのか、にこにこと楽しそうだ。

「そうそう、さっきマルセルが持ってきてくれたお花も、こっちに持ってきた方がいいですね」

よいしょっと立ち上がり、小走りにサイドボードのところへ行って、花の鉢を抱えて戻ってくる。
いかにも嬉しそうに笑顔が輝いていることに、オスカーは気が付いた。

「ほら、オスカー、見てください。綺麗でしょう?」

「あ、あぁ、そうだな」

「花びらの端が細かいフリルみたいになっているのが、華やかな感じですよね」

ルヴァはにこにこと花を眺めている。

「透き通るほど白くって、端のフリルの先だけがちょっとだけ紅色で…綺麗ですね〜」

「あぁ、そうだな…」

「一番に咲いた花を持ってきてくださったそうですよ。なんだか嬉しいですね」

  ルヴァ…、なんで、そんな恥らうみたいにしてんだよ…。

「鉢も、そのままテーブルに乗せても大丈夫なほど可愛いですし…。マルセルはいいセンスをしていますねぇ」

「そうだ…な」

「オリヴィエとリュミエールも、これを見たらきっと喜んでくださるでしょうね。」

そのときのオリヴィエやリュミエールの反応を想像しているのだろうか、ルヴァは楽しそうにクスクスと笑った。



オスカーは突然立ち上がると、ルヴァの腕をつかんだ。

「どうしたんですか、オスカー」

オスカーは無言でルヴァの腕を引き、テラスを突っ切って庭に出た。
そのまま、少し先につないだ馬のところに向かう。

「オスカー、ねぇ、どうしたんです。私、お茶会の支度をしないといけないんですけれど…」

ルヴァは、オスカーの引く力に抗って立ち止まろうとした。
オスカーは軽く眉をひそめると、ルヴァを抱え上げて歩き出す。

「あ、あの…オスカー…」

とまどうようなルヴァの声にも耳を貸さず、足早に馬に近付く。
放り投げるようにしてルヴァを鞍の前に横座りに座らせると、すばやく鞍にまたがって馬の横腹を蹴った。
馬は一気に走り始める。
ルヴァは慌ててオスカーにしがみついた。

いつもなら、オスカーと一緒に馬に乗るのは楽しくて気持ちがいい。
オスカーは馬を走らせるのが上手だから、安心して身を任せることが出来た。
速足に馬を掛けさせても怖くはなかった。
オスカーの胸に抱かれながら馬に乗っていると、身体に当たる風の流れも、馬の振動も、オスカーの温かさも、全てが心地好くて、ルヴァは馬に乗せてもらうことが好きだった。

だが、今はいつもとは全然違っていた。
ルヴァを支えるオスカーの腕はそっけない。
乱暴に走らせる馬の動きは激しくて、気を抜くと振り落とされそうだった。
「オスカー」と言いかけて舌を噛みそうになり、ルヴァは歯を固く食いしばった。
ちらりと見上げたオスカーの顔は冷たく強張っていて、いつもとはまるで別人のように恐ろしい。
ルヴァは顔を伏せて、必死でオスカーにしがみついた。
馬は荒々しく走り続ける。

  オスカー…オスカー…
  止めてください…怖いです…
  …怖い…




森の奥の小さなせせらぎの傍で、オスカーはようやく馬を止めた。
ふと見ると、ルヴァはオスカーのシャツを握り締め、身体を固くしてぶるぶると震えている。
顔を上げさせると、ルヴァの頬に涙が伝っていた。
その涙を見た途端、オスカーの興奮が一気に醒めて理性が戻ってきた。

「あ……すまん、ルヴァ」

「イヤ…怖い…怖いです…オスカー」

「すまん、俺が悪かった。ルヴァ…もうしないから…」

「イヤ…ヤです…」

「ルヴァ…すまん」

オスカーはルヴァを抱き締めた。
抱き締めて優しい声音で話しかけ続ける。
ゆっくりとルヴァの緊張がほぐれてくる。
関節が白くなるほど握り締めている指をそっと解いて、その指に口付ける。
ルヴァの口から「あ…」と声が漏れた。




ルヴァを馬から抱え下ろし、流れの傍の陽だまりに並んで腰を下ろす。
水の音と風の爽やかさが、ルヴァの心を沈めてゆく。
それでも、だいぶん経ってオスカーに向けた笑顔はまだいくぶん強張っていた。

「ホントに…悪かった。もうあんな乱暴なことはしない…」

「オスカー…」

ルヴァは探るようにオスカーを見る。

「何を…怒っていたんです?」

「え?」

オスカーはうろたえたように視線を逸らす。

「ねぇ、何がいけなかったんですか…」

「…怒ってるわけじゃない…」

「だって…」

「拗ねてるんでも…、嫉妬したんでもない…」

オスカーは自分の感情を分析しながらぽつりぽつりと話してゆく。
ルヴァはじっとオスカーを見詰めていた。

「俺は…そう、不安だったんだ」

「…不安…?」

「そうだ。俺は、不安だった…」

オスカーは静かにルヴァを見詰める。

「ルヴァは、誰からも好かれていて、誰に対しても優しいから…俺は…俺に対してもただ優しくしてくれてるだけなんじゃないかと…不安になる」

「オスカー…」

「たまたま、俺がルヴァに好きだって言ったから、こうして付き合ってくれているだけで……実際は、他のヤツらと同じように親しくしてくれてるに過ぎないんじゃないかと、…不安になるんだ。だから、誰にも合わせたくなくなる。誰とも話なんかさせたくなくなる。ルヴァをさらって、俺だけのものにしたくなる…」

「オスカー」

ルヴァはいつもの柔らかな表情に戻っていた。

「私があなたを好きですって言ったことが、信じられないですか?」

「信じてる。信じてるが…お前は誰に対しても優しく微笑むから…」

「オスカー…」

ルヴァはふわりとオスカーの胸に身を投げる。
反射的に抱きとめて、オスカーは戸惑うようにルヴァを見た。

「オスカー、私は、あなたに関してどんな艶聞が流れていても、あなたを信じていますよ」

「ルヴァ!」

クスッと笑ったルヴァに、オスカーは困ったような顔を見せる。

「私は聖地の皆さんが好きです。守護聖の仲間たちが好きです。…でもね」

ルヴァは顔を上げてオスカーを見詰めて、はにかむように微笑んだ。

「あなたへの『好き』は全然違うんですよ」

「ルヴァ…」

「あなたは…私がターバンを取るただ一人の方なんです…」

「……」

「他の誰の為にも、私はこのターバンを取ったりしません」

オスカーはルヴァを抱き締め、ルヴァの耳元で「ルヴァ…」とささやく。
ルヴァは、胸の奥にズキンという衝撃を受けた。
「オスカー…」と応える自分の声が掠れているのを、ルヴァは感じた。
頬が熱くなってくる。

「ルヴァ…愛している…」

「オスカー…」

オスカーはゆっくりとルヴァに口付ける。
静かな口付けは、次第に激しく情熱的になっていった。
ルヴァの口から切なげな吐息が甘く漏れる…





「静かだな」

オスカーがつぶやく。

「そうですね…」

オスカーに抱き寄せられてその胸にもたれながら、ルヴァが幸せそうな声で応える。

「いい天気だ」

「えぇ…」

うっとりとオスカーに身を預けていたルヴァが、「あ!」と叫んで起き上がる。

「なんだ、どうかしたのか」

「あ…いえ、すっかり忘れていました。今頃オリヴィエとリュミエールがいらしてるんじゃないでしょうか」

「お茶会か…。行くのか」

オスカーの尋ねる様子が、どこか寂しそうに見えた。
強さを与える炎の守護聖に似合わない気弱な表情が愛しさを募らせる。
ルヴァはクスリと笑って首を振った。

「いいえ。私はこのままあなたと一緒にいたいです」

「ルヴァ!」

「今日は2人きりでのんびり過ごしましょう」

「あぁ」

オスカーは満面の笑みを浮かべてルヴァを抱き締める。
抱き締める腕の強さが、自分への思いの強さのように思われて、ルヴァも極上の微笑みとなる。
私は幸せですね…と、ルヴァは心の中でつぶやいた。

森の緑も川の流れも、降り注ぐ太陽の光も、全てが輝いていた。
世界の全てが、美しかった。
幸せな恋人たちを取り巻く全てがかぐわしく美しい、晴れた休日の午後だった。


E N D

   リューさんのサイトでのパズル部屋50ポイント獲得キリリクで書いていただきました。
   リクはオスカーとルヴァ様あとの指定はなしという例のごとくのアバウトさ。
   そんなアバウトなキリリクにもかかわらず素敵な小説を書いてくださってありがとうございました。
   リューさんのサイトへはこちらからもどうぞ

  


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